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2006年12月の15件の記事

矢内原忠雄「国家の理想」に宗教と平和を学ぶ

京都大学 芦名定道さんの論文「現実の宗教と宗教の理想」
この論文は矢内原忠雄「国家の理想」を手掛かりに宗教と平和、理想と現実について論考したものです。

リンク: 現実の宗教と宗教の理想.

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資料:矢内原忠雄の戦い

● 真理と戦争
 戦争は病気です。狂暴性(きょうぼうせい)精神病です。戦争は害悪です。反真理です。およそ真理の属性は秩序を愛して混沌を嫌い、生命を愛して殺りくを憎みます。真理は平和を愛し、戦争を嫌うのです。従って戦争を挑発するような制度及び思想に対抗することは真理探求者の自明の任務と言わなければなりません。平和思想の基礎は個人または国家の利益になく、また人間の潜在(せんざい)心理にもありません。平和思想はかえって個人また個々の国家の利益に対して上位にあるところの宇宙的秩序、また潜在心理の本能的野性を止揚(しよう)し訓練するところの人類的理想に立っています。平和は真理の属性に適(かな)うがゆえに真理なのです。
(『中央公論』 1936年1月号)

● 「神の国」より
今日は、虚偽の世において、我々のかくも愛したる日本の国の理想、あるいは理想を失った日本の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがおわかりになったならば、日本の理想を生かすために、一先ずこの国を葬ってください。
『通信』1937年(昭和12)10月号

● 『嘉信』は日本の良心
『嘉信』は形小なれども国民の良心なり、国の柱なり。『嘉信』を廃するは国民の良心をくつがえし、国の柱を除くに等し。『嘉信』は神により立てられたるものなれば、これを倒していかで国に善事を招かんや。
(「警視総監への意見書」より、1944年6月12日、全集26:113)

● 嘉信会報
 人の生命を救うためやむを得ない必要のあるときに、法に触れることをびくびく恐れて善行の機会を逃すのは、かえって法に忠実な事ではありません。もし法に触れたかどを以て警察が処罰するならば、法に従って素直にその処罰を受けるべきです。しかし神の前に良心のとがめを感ずる必要はないのです。 ・・・『嘉信(かしん)』の廃刊に続いて『会報』を発行することは、私の心において一つの戦いを要しました。・・・この世にあって義しく生きる事は容易な事ではありません。私たちは往々にしてその道さえ知らず、たとえ道を知っても力が乏しい事を嘆いている者です。しかし思えば私たちの戦いの性質も、これに処すべき道も、すべてイエスの生涯において示されています。私たちは彼の足跡を踏むに過ぎず、彼は私たちの模範です。いや、単に模範であるばかりでなく、彼は私たちの力です

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講義ノート:内村鑑三<はじめに>

内村鑑三と非戦(音声に収録できなかった始めの部分)

<はじめに>
内村鑑三を今回取り上げる理由は3つあります。
1.非戦論
2.預言者としての活動
3.後世への影響
宗教と平和をテーマとした今回の講義において日本人を誰か一人取り上げるとすれば、それは内村鑑三です。それは彼がクリスチャンとして非戦論を唱えたからだけでなく、彼の預言者としての活動、とりわけ社会や政治に対する批判や無教会キリスト教という新しい教えを作り出したことは社会学的に非常に重要だからです。そもそも預言者の啓示カリスマというのは新しい教えと説いたり、あるいは古い教えに対して新しい意味づけを与える人のことをいいます。また彼が他の人々に与えた影響という点でも重要なものがあります。前回論じた韓国のハムソクホンもその一人ですが、次回取り上げる予定の矢内原忠雄も内村鑑三の弟子であります。預言者の伝道活動が認められるようになると弟子が彼の周りに集まります。弟子も又師にならって預言的活動を継承します。

<生涯>
さて、以上3つの点を詳しく論じる前に内村鑑三の生涯を少し述べてみたいと思います。内村鑑三は1861年高崎藩の下級武士の子として生まれます。明治維新を迎える直前です。下級武士ですからお金がありません、そこで内村は金のかからない札幌農学校(北海道大学の前身)に入ることにしました。当時の大学はまだ生まれたてで西洋の制度をまねたものですから、先生がおりません。そこでアメリカやヨーロッパから先生を招きます。そうして札幌農学校に招かれたのが、かの有名なサー・ウィリアム・クラークであります。皆さん、「少年よ、大志を抱け」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?この言葉はクラークがアメリカに帰る時に学生に向かって呼びかけたものであると言われております。

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資料:家永三郎の回想(矢内原忠雄)

家永三郎(歴史学者)の回想

「暗黒時代の中で、たとい現実に戦争を阻止する力を発揮しえなかったにせよ、敢然(かんぜん)と侵略戦争の推進に正面から反対した良心的な日本人が、少数ながら存在した事実のみがかろうじて一すじの救いの光として、私たちの心をなぐさめてくれるのである。 ・・・ 矢内原忠雄氏の個人雑誌は、そうした数少ない貴重な良心的活動の中でも、もっとも卓越した一つである。戦争勢力の暴虐(ぼうぎゃく)に対し憤(いきどお)りの念をいだきながら何一つ抵抗らしい抵抗もできず、空しく祖国の破滅(はめつ)を傍観(ぼうかん)するの他なかった私は、自己の無力を顧みて悔恨(ざんき)の念にさいなまれると同時に、このような勇気にみちた抵抗を最後まで継続した人物の存在を知ったときには、驚きと畏敬と、そして日本人の良心のつなぎとめられた事実に対するよろこびの念のわきあがるのを禁ずることができなかった。」
(南原繁編「矢内原忠雄−信仰・学問・生涯」263-4)

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宗教第13回 矢内原忠雄

内村鑑三復習、預言者とは、矢内原忠雄の戦い、日本の良心、嘉信、生い立ち、新渡戸稲造の影響、戦時中の預言者、国家の理想、神の国、嘉信会報、モリヤの山、国を犠牲として捧げる、ユダヤ人の社会学、国土を失って民族を保つ宗教共同体、預言の力、イザヤ・エレミヤの政治的デマゴーグとしての活動、同化しないユダヤ人、日本の預言者と日本国家の未来、

「13yanaihara.mp3」をダウンロード

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咸錫憲 『苦難の韓国民衆史』

リンク: 咸錫憲 『苦難の韓国民衆史』(目次).

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内村鑑三の非戦論

内村鑑三の非戦論関連の著作を公開しています。

リンク: 内村鑑三の非戦論.

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内村鑑三語録

内村鑑三の文章と思想を沢山公開しているサイト。キーワード検索が可能。他にハムソクホンの資料もあり。

リンク: 内村鑑三語録.

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テキスト:預言者の啓示

預言者の啓示には、意識的に体系化され意味づけられた生活態度を通して一つの統一的な人生観が得られる、という意味が込めれています。人生と世界、社会現象と宇宙の出来事、これらはすべて預言者にとっては体系的に統一された「意味」を持っています。・・・啓示における意味の統一性とは論理的な首尾一貫性にではなく、実践上の態度にあります。つまり実践的な行為を一つの生活態度へ統一する試みが問題であり、その際、行為がどのような外観を示すかはその時の場合によってまいまちであってもかまわないのです。

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宗教12回:内村鑑三と非戦論

内村鑑三の意義、無教会、預言者、後世への影響、武士の子、札幌農学校とクラーク、離婚と渡米、ピューリタンのキリスト教、キリスト教の区分、不敬事件、放浪と著作活動、新聞記者、聖書の研究、非戦論、預言者の権力批判、個人的カリスマ的教え、無教会の達人性、少数派、宗教の分裂は大衆性と達人性の対立、絶対非戦論者の戦死、
「12uchimura.mp3」をダウンロード

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ハムソクホンの資料サイト(英語)

東京のクエーカーがハムソクホンの資料を公開
リンク: Ham Sok Hon Resource Site.

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テキスト:預言者とは

預言者とは
自らの使命によって、ある宗教的な教えあるいは命令を告知する、個人的なカリスマの所有者のことを意味します。・・・第一に、預言者にとって決定的なことは個人的な召命にあります。この点が預言者と祭司を区別する点です。祭司は伝統の名において権威を要求しますが、預言者は個人的な啓示やカリスマにもとづいて権威を要求するからです。祭司は救済経営をする組織の一員として、その官職によって救済財を施す人です。これに対して預言者はもっぱら個人的な天与の能力によって活動します。第二に、預言者か呪術師から区別されるのは、その告知する内容が教えないし戒めという形をとることです。そして預言者はその預言の告知を無報酬で行うという点が祭司や呪術師から区別されます。預言者はその「理念」をそれ自身のために広め、決して報酬のために広めるのではありません。
(マックス・ウェーバー、「宗教社会学」より)

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テキスト:魔術からの解放

魔術からの解放
「教会や聖礼典による救いを完全に排したということこそが、ピューリタン主義がカトリック主義と比べて無条件に異なる決定的な点です。世界を魔術から解放するという宗教史上の偉大な過程、すなわち、古代ユダヤの預言者とともに始まり、ギリシャの科学的思考と結合しつつ救いのためのあらゆる魔術的方法を迷信とし邪悪として排斥した、あの魔術からの解放過程はここに完結を見たのです。真のピューリタンは埋葬にさいしても一切の宗教的儀式を排し、歌も音楽もなしに家族を葬りました。これは心にいかなる迷信(superstition)も、つまり魔術的聖礼典が何らかの救いをもたらすというような信心を生じさせないためでした。」
(マックス・ウェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」より)

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宗教第11回:ハムソクホンと韓国

韓国のキリスト教の現況、急激な広がり、戦争と移動、朝鮮戦争、リャンバンの崩壊、ハムソクホンの生涯、クエーカー、無教会として伝道を始める、ガンジーの影響と非暴力、内村鑑三の預言者の精神、預言者と祭司の違い、内村鑑三の影響、非戦論、クエーカーの影響、新渡戸稲造

「11hamsokhon.mp3」をダウンロード

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テキスト: イスラム教

イスラム教
イスラム教は旧約聖書およびユダヤ人キリスト教の明らかなえいきょうものとに、西南アジア的一神教の伝統を受け継いで生まれました。イスラム教はユダヤ教と並んで現世順応的な宗教です。しかし、イスラム教の「現世順応性」はユダヤ教のそれとはまったく意味が違います。イスラム教は最初のメッカ時代においてムハマドの終末論的教えのもと都会的な秘密集会をもつ現世隔離的宗教でした。しかしそれはメディナ時代およびアラビア半島への拡大時代において国家的なアラビア戦士の現世的宗教へ、さらには身分階層的な戦士の現世順応的宗教へと変化していきました。メディナにおけるムハマドの決定的成功は強大な氏族に属する人々の一連の改宗によるものでした。改宗の目的は聖戦という宗教的命令を第一としたのではなく、イスラム教が現世における社会的信望の第一位を占めることにありました。「他の宗教信者が従順に貢税を支払うこと」つまり貢納義務者の間でイスラム教が社会的名誉を得ることが改宗の目的でした。以上のことはイスラム教を支配者宗教として性格付けしました。

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