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2007年1月の7件の記事

支配11回:天皇

日本という国家の成立を考えるとき、天皇の存在は欠かせません。日本という国家の統一において、神武天皇の軍事カリスマとヒミコの呪術カリスマが決定的でした。そのことを「古事記」や「日本書紀」はハツクニシラススメラミコト、つまり初めて国をつくり、国を統一した天皇と名づけています。

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箸墓は卑弥呼の墓か

箸墓とヒミコの関係およびその背景や影響を、コンパクトにわかりやすく説明しています。
リンク: 箸墓は卑弥呼の墓か.

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ノート:宗教と平和のまとめ

宗教と平和 まとめ

宗教戦争という言葉もあり、宗教が戦争を引き起こすとも言われていますが、宗教は全体として社会を平和化する働きがあります。世界宗教というものが存在しない社会では部族間氏族間民族間の争いが絶えませんでした。
アフリカやアマゾンではジェノサイドといって氏族民族の皆殺してきな闘争が繰り返されていました。日本でも仏教が入る以前は人殺しを当たり前とみなしていました。動物の世界の弱肉強食が人間社会でも当然の事とみなされていました。

宗教は団体として互いに対立することはありますが、個人としては平和に貢献するように思います。たとえば回心したヤクザや武力王などです。)

物理的暴力(強制)と心理的暴力(強制)

暴力とは相手の意志に反して自らの意志を貫徹すること
暴力の拒否はどこからくるか
アヒムサとアガペー(敵を愛する)

寛容の精神(個人の意志の尊重)
自分の価値観や宗教を大切にするとともに相手の価値観や宗教も尊重するという精神はどのようにして生まれるのでしょうか。
政治的には民衆平和化するために権力によって諸宗教の尊重と言うことが説かれた。たとえばアショーカ王の暴力の拒否から来る寛容の精神です。

宗教団体の性格
普遍的団体、強制団体、制度団体、支配団体、教会というのは一つの価値、一つの宗教を押しつける、強制する、制度化する志向を持っている。
閉鎖団体、自主団体、任意団体、ヨコ社会、セクト自らの信条、理念を他人に押しつけることを断念、自由意志の尊重、個人の良心を信じる、
平和主義的団体、クエーカー、メノナイト、アーミッシュ
国家の法律(秩序)以上に重んじられるべき人権(良心の自由、信教の自由)
良心的兵役拒否と自己犠牲

ガンジー、非暴力抵抗運動、アヒンサー(不殺生、非暴力)、
マザー・テレサ、修道女、インドにおける人権の尊重、死を待つ人を愛する。
シュバイツアー、アフリカにおける医療活動と伝道、
ダライラマ、チベットの平和的独立のために、亡命生活、
アショーカ王 仏教の教権制国家、福祉国家の建設、武力による征服から宗教法による征服、
キング、市民権運動、自由と平等の理念、人種差別を乗り越える戦い、
(クエーカー)平和主義のキリスト教自主団体、良心の自由、基本的人権、憲法の生みの親、魔術からの解放、儀式なし制度なし)
アブドフール・カーン、平和主義イスラム教徒、パキスタンのガンジー、そのほとんどを投獄生活
ハムソクホン、韓国のガンジー、クエーカー、韓国の良心、韓国のキリスト教化
内村 非戦論(正義戦争なし)、不敬事件、非戦論者の戦死、無教会(預言者キリスト教)
矢内原忠雄、戦時中の平和主義、日本の良心、国家の理想(正義と平和)、国家の犠牲、

預言カリスマ 新しい教え、新しい解釈(意味)の告知
個人的召命(使命感)、命を捧げる態度、

権力批判、正義感、倫理感
民衆演説家
倫理の内面化、心情化

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宗教第14回まとめ

宗教と平和をテーマにこれまで述べてきたことをまとめます。キーワードは宗教戦争、宗教による性格の平和化、預言カリスマ、預言者の権力批判と民衆演説家としてのカリスマ、制度(支配)団体と自主団体、教会と平和主義的セクト、アヒムサとアガペー(敵愛)、人権の尊重、意志と自由の尊重、命の尊重と自己犠牲、平和の戦い

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テキスト:旧約の預言者について

●旧約預言者の力
旧約預言者たちの啓示は倫理の心情的純化と集中化へ導きまたそのモットーを提供しました。彼らの預言に決定的なのは政治的災いに方向付けられた途方もない待望感のおどろくべき迫真性です。もしも全国民に知られ恐れられていた預言者デマゴーグの強力な威信がなかったなら、ヤハウェはイスラエルを破壊しまた再建する世界神という理念の権威が維持されることはほとんど考えられません。機会のある毎に公的な場所で語られ、百年後までも記憶されて、わざわいの預言が確証され、それによって人々が何度も震え上がるというような経験がなければ、わざわいの世界神としてヤハウェの権威が確立することは到底考えられません。旧約聖書の内面的な全構造は、預言者の啓示による、このような方向付けなしには考えられません。
また、ナザレのイエスは旧約預言の約束にもとづいて自らの使命を自覚しました。そしてキリスト教は旧約聖書を自らの聖典としました。これによって、旧約預言者の射程は数千年を越えて現代のただ中まで及んでいます。
ユダヤ人はその運命によって政治的団体を破壊されました。しかし彼らは彼らにわざわいを下したヤハウェを捨てることなく、かえってより強固にヤハウェの宗教的団体を作り上げていきました。この発展を支えたのは旧約預言者の終末論的救済に対する力強い信仰と情熱的な迫真性です。ヤハウェの意志に対する壮大な解釈と不動の信頼が旧約預言者にあったからこそユダヤ人は国土を失っても、自己同一性を失わなかったのです。政治的に破壊された共同体に宗教的団結力を与えることできたものは預言のみだったのです。人は預言の中に激情的な待望感の満たされる日をやがて自分に体験できるとう希望を持ったのでした。

●民衆演説家としての預言者

アモスからエゼキエルに至る補囚前の預言者たちはとりわけ政治的デマゴーグ(民衆演説家)、また政治的糾弾文筆家でした。この言い方は誤解されるおそれがありますが、正しく理解するなら、そこに次のような不可欠の認識が含まれています。
それは第一に預言者たちは「語った」ということを意味しています。しかも、彼らは聴衆に向かって公然と語りました。
さらにそれは第二に、もし隣接する諸強国の世界政策よって祖国がおびやかされる事がなければ、預言者は起こらなかった、という事を意味しています。預言者たちの印象的な預言の多くはこの問題をめぐっています。・・・
なぜ預言者は広場で公に語るかといえば、それは国家および民族の運命を相手とするからです。そして必ず権力者たちに対して激情的に糾弾しました。ここに人類史上初めて民衆演説家(デマゴーグ)が現れました。

●権力糾弾者としての預言者
国土と王権に対する外国からの侵略の危険が高まるにしたがって、自由預言が展開しました。エリヤは王とその宮廷予言者に対して公然と対立しました。しかし、そのために彼は亡命しなければなりませんでした。ヤラベアム二世に対するアモスも同様でした。強力な政治支配下では、たとえばユダのマナセの支配下では、イザヤ後の預言者たちは沈黙させられました。その後、王の威信が衰え、侵略の脅威が高まるにつれて、また預言の意義が高まってきました。・・・
預言者は自ら街頭で語る場合も、人を介して公に語らせる場合も、王に対して公然と対立するのが常です。預言者は人の求めに応じて神託を述べる場合もありますが、通常は内面からうながされて、霊感のおのずからわくままに、市場で聴衆に語ったり、城門で長老たちに語りました。なぜ預言者は広場で公に語るかといえば、それは国家および民族の運命を相手とするからです。そして必ず権力者たちに対して激情的に糾弾しました。ここに人類史上初めて民衆演説家(デマゴーグ)が現れました。

●宗教的な民衆演説
エルサレムでは純粋に宗教的な民衆演説が威力を持ちました。この民衆演説は権威的に現れ、あらゆる秩序だった議論を回避しました。そして、その預言は暗い不安の中から稲妻のごとく、将来の暗黒の運命を照らし出しました。・・・
人々が預言を禁じようとしたゆえに、アモスはイスラエルに対する神の怒りを告知しました。それは現代の民衆演説家が言論・出版の自由を要求する場合とほぼ同じなのです。

●最古の政治的パンフレット
預言者の言葉は口頭での告知には限られませんでした。エレミアの場合、それは公開の書状として現れました。あるいは預言者の友や弟子たちが預言を書き留め、収集し、編集しました。それらは直接現実的な政治的パンフレットとなりました。そうした預言集は、史上最も古い政治的パンフレットの文献なのです。

(マックス・ウェーバー、「古代ユダヤ教」より)

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支配10回:モーセ

かつてモーセという人がヘブル人をエジプトより連れ出し、イスラエルという国をつくりました。これは単なる伝説はでなく、史実が反映されています。社会学的に見るならば、モーセは預言者と言うよりは立法者として現れます。かれはヘブル人やミディアン人を始めとさまざまな部族からなる宗教誓約による政治団体を作りました。

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矢内原忠雄のマックス・ウェーバー理解

近代「資本主義の精神」とは何か by 矢内原忠雄

矢内原忠雄がウェーバーの「資本主義の精神」に関して的確な解説をしています。
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新興資本主義に「精神」を吹き入れた宗教改革の重要な意義を認めることはマックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』以来、多くの学者の研究題目としているところです。その論争は結局、何をもって「資本主義の精神」と言うかに帰します。簡単に言えば新興資本主義精神を特徴づけるものは営利心であるか否かという問題です。
マックス・ウェーバーはこれを否定して、営利心は人類の歴史とともに古く、決して近代資本主義時代から始まったものではないことを主張しています。実際、ヨーロッパの中世において神聖ローマ皇帝とローマ法王と商人資本とは世界的な搾取の体系をなしたのであり、フッガーなどの商人資本の営利的行為は民衆貧困の一因としてうらみの的でした。そして中世の国内的および国際的搾取の組織より脱することが当時の社会変革の要求であり、それによって生み出された新社会がいわゆる資本主義社会でした。この新社会に理想を提供した宗教改革は営利主義の支持者として現れたのでは決してなく、むしろその反対者として、節欲の徳を強調したのでした。すなわち勤勉と倹約の生活を勧め、世俗的職業を尊ぶべき義務と説くことによって宗教改革は新興資本主義の有効な精神的推進力となったのです。もしも当時の宗教改革者たちが「あくことのない営利の追求」や「利潤のための利潤生産」をもって人の義務であると説いたとすれば、とうてい宗教改革そのものが遂行されず、したがって社会変革もまた成就しなかったに違いありません。
宗教改革者の経済道徳は営利主義の是認をもって始まったのではありません。個人の自由と職業の尊重を確立したことが、新社会に対してなした彼らの建設的寄与でした。宗教改革者にあってこの二つの観念は本来信仰問題として理解されたのです。なぜなら宗教改革そのものの精神、言い換えるなら宗教改革の宗教的意義は、中世のローマ教会に対する信仰革命という点にあります。そしてそれはローマ法王の政治的経済的支配を脱して別個の教会を作るというような制度的変革よりもさらに根本的な問題、すなわち信仰の内容および信仰的生活態度の変革にありました。制度ではなく、信仰をもって始まったのです。それであればこそ、よく宗教制度の改革も成し遂げ、また社会変革の推進力ともなることが出来たのです。もしも宗教改革が単なる外形的制度的改革であったならば、とうてい新たな社会の要求する新たな精神力の供給者となることが出来なかったに違いありません。
それではいかなる点にその信仰改革はあったのでしょうか。当時のローマ教会は言いました、人はローマ法王に従えば救われ、従わなければ救われないと。これに反して宗教改革者は叫びました、すべての人はキリストを信じる信仰のみによって義とされると。ここに人類は始めて「個人」を発見したのです。それはコロンブスのアメリカ大陸発見に優るとも劣らない、貴重な新世界の発見でした。どのような人間もキリストを信じる信仰だけで神に義とされる。その他の何ものも必要とせず、また何ものも彼の霊魂をおびやかさない。神が彼を義と認めるのですから、もはや何ものも恐れるにはおよびません。この世が彼に対してなしえることは、ただ肉体の生命を奪うだけのことで、彼の霊魂の救いを奪うことは絶対に出来ません。---この信仰によって人は「自由」を獲得したのです。こうして人は各自、神に創られた「個人」であり、その個人とは「人格」であり、自由な人格として始めて人は「責任」を知り、独立心と創意力との解放をみたのです。そしてこの信仰が社会における人の経済的活動に応用される時、職業の自由と活発な企業精神が確立されたのでした。人の価値はその信仰にあるのであって、職業にあるのではありません。ローマ教会の主張するごとく、聖職が神に近く、世俗的職業が卑しいのではありません。すべての職業が神より与えられた使命として貴くあり、これに励むことは神に対する義務であるとされたのです。
一六〜一七世紀の宗教改革が当時の社会変革に及ぼした精神的影響は、これをいくら高く評価しても、高すぎると言うことはないでしょう。新社会がこれによって「たましい」を吹き込まれ、理想を与えられたのであって、いかにしてこの個人の自由を確保し、発展させるべきが、その後の社会生活の目標となりました。個人主義、自由主義と呼ばれる政策上の原則、ならびにこれを基礎とするデモクラシー(民主政治体制)の起源はここにありました。
しかしながら、河川はいつまでもその源における清さを保ちません。たとえ「新興」資本主義が営利主義をもってその第一歩を踏み出したのではないとしても、資本主義的生産関係それ自体の進行は、営利主義を社会一般に普及させました。一般的に営利主義社会であることが資本主義の歴史的特徴であることは、疑いがありません。こうして営利主義が社会一般に普及するにしたがって、新興資本主義に理想を与えた個人自由の精神は徐々に信仰革命的基礎より切り離され、世俗的営利主義がこれを自己に接ぎ木して、しばしば社会的弊害を結実するようになりました。個人主義のだらくしたものは利己主義となり、自由主義の腐敗したものは無秩序な競争となり、デモクラシーの邪道は通俗政治家のはびこりとなったのです。すでに一九世紀末にカーライルは「投票箱より何の英雄がでるだろうか」と皮肉を言わせるようになっていたのです。
(矢内原忠雄、「社会の理想」、『改造』1941年一月号、)

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