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2007年6月の29件の記事

ビデオ支配の社会学入門第9回ガンジー

ガンジーの関連地図とイメージ

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ビデオ支配の社会学入門第9回その5

ガンジーのカリスマ
軍事カリスマ=ナポレオン、毛沢東
雄弁カリスマ=ヒトラー、リンカーン
預言カリスマ=ガンジー
預言とはある理念(思想)を人々に信じ込ませ、植え付け情熱使命を引き起こさせる力
カリスマとしてのガンジーの人柄、その生活態度(対話、文筆、行動)
まとめ

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ビデオ支配の社会学入門第9回その4

ガンジーの戦い 
非暴力の覚悟、自己犠牲
消極的非暴力と積極的非暴力の区別
非協力運動 サボタージュ(ストライキ)
メディアの利用、


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ビデオ支配の社会学入門第9回その3

あなたが非暴力パトロール隊だったら

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ビデオ支配の社会学入門第9回その2


ガンジーとは インド独立の指導者、非暴力の独立運動
国民に理念を植え付け、その実現のために戦った
インド国家の理念と現実
理念共同体として国家と、武力行使をする支配団体としての国家
ガンジーの試み(非暴力警察隊)

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ビデオ支配の社会学入門第9回その1

団体と共同体の区別
団体には目的、共同体には情や愛着がある
二種類の国家
支配団体としての国家と共同体としての国家
共同体感情が培かわれる背景としての危機や苦難の共有、歴史的共有
中華人民共和国の基礎としての長征という困難の共有
団体形成における二つの側面、目的と感情

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レポートに関して

レポートに関して
引用と自分の文章の区別
他人と自分の区別から始まる支配の克服
他人に押しつけない

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ビデオ支配の社会学第8回その4

アメリカの直接性民主制とディベート
リンカーンによって始められた候補者のディベート討論
共和党と民主党

リンカーンとヒトラーとの比較
論理的雄弁性と感情的雄弁性
理性に訴えるか感情(群集心理)に訴えるか
自由と平等の理念か民族主義(ゲルマン優越性とユダヤ人撲滅)の理念か
ディベートによってライバルを打ち負かすか、それとも粛清や弾圧によってか
戦争に消極的か積極的か
他殺か自殺か

民衆の判断材料としての人柄や顔つき

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ビデオ支配の社会学第8回リンカーンイメージ

リンカーンのイメージや地図

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ビデオ支配の社会学第8回その3

アメリカの建国史
北部の市民と南部の貴族
北部はその信条のゆえに迫害された人々が自由を求めて移り住んだところ
南部は貴族が新しい領地と経済的基盤を求めて移り住んだところ。
北アメリカと中南米の違いとしての建国の理念

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ビデオ支配の社会学入門第8回その2

リンカーンの生い立ち
ケンタッキー生まれ
イリノイ州で弁護士活動
弁護士と政治家の共通性としての弁舌能力
法律にしたがった弁護士と法律を作る政治家
州議員や下院議員となる
弁護士活動による論理的思考能力の訓練

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ビデオ支配の社会学第8回その1

リンカーンの雄弁カリスマ
リンカーンとヒトラーとの違い
アメリカ第16代大統領
団体には指導者(長)が必要
運命共同体としての国家
南北戦争と奴隷解放宣言

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ビデオ支配の社会学入門第7回ヒトラー

ヒトラーのイメージ解説

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ビデオ支配の社会学入門第7回その4

ドイツの軍隊と日本の軍隊の比較
崇拝者・命令者としてヒトラーと軍部・天皇
使命としてのヒトラーの理念と軍部の利害
カリスマ的存在としてのヒトラーと伝統的存在として天皇
カリスマの実証 経済の復興、公共事業の導入
支配の3類型(合法、カリスマ、伝統)
代表的人物のカリスマ性の講義

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ビデオ支配の社会学入門第7回その3

ヒトラーのカリスマ支配
ヒトラーの生涯、雄弁カリスマ、政党運動、
ドイツ革命、世界恐慌、
突撃隊の立ち上げ、同志としてのレームと彼の粛清
親衛隊の立ち上げ、忠実な部下としてのヒムラー、
ヒトラーのカリスマによって動く親衛隊、
ホロコースト、軍事的行為、秘密警察の実行部隊としての親衛隊
カリスマ軍隊(ドイツ)と官僚軍隊(日本)

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ビデオ支配の社会学入門第7回その2

ヒトラー政策の社会学的背景
民族主義(ゲルマン優越主義、ユダヤ人排斥主義、名誉感情)
軍国主義 帝国主義
第二次世界大戦の日本とドイツの国家的特徴
新生国民国家の誕生(封建国家から民主国家へ)
新しい国民感情の形成(言語、民族、人種に誇りを求める)
人間の行為の要因としての名誉感情、恥意識
ドイツの極端性

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ビデオ支配の社会学入門第7回その1

カリスマ支配の定義、非日常的力
特徴 1.非常事態、2.短命

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ビデオ支配の社会学入門第6回その6

軍部支配と天皇
天皇は神聖にして侵すべからず
日本と海外のクーデターの違いは天皇の存在
天皇ゆえに2・26事件の首謀者は死刑となる
キューバのカストロ将軍、リビアのカダフィ大佐
天皇の命令は神聖で絶対的服従を要求
天皇のために戦い、天皇のために命を捧げる
天皇の現人神と疑似宗教国家
正当性の信仰を天皇に求める
天皇の特殊性

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ビデオ支配の社会学入門第6回その5

軍部はどのように支配を確立したか
政治家との対立と駆逐
5・15事件と2・26事件による軍部の政治介入
軍隊の官僚化と軍国主義の合理化

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ビデオ支配の社会学入門第6回その4

軍隊における規律
義務教育と徴兵制の導入
古代ギリシャの民主制、スパルタ教育、軍隊の規律
日本の軍隊の官僚化の歴史

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ビデオ支配の社会学入門第6回その3

官僚化以前
江戸時代の軍事支配
サムライの支配
1.サムライは支配者の特権身分
2.サムライは世襲であり、そこに試験や昇進なし
3.支配行政上の専門知識の習得無し(武術と教養のみ)
4.武器や食料を自装自弁
官僚制軍隊
1.四民平等、すべての人が軍人になれる
2.入隊審査、昇進試験がある
3.専門知識の要求、装備の高度化
4.武器も装備も給料も国から支給

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ビデオ支配の社会学入門第6回その2

日本の軍隊について
軍隊のヒエラルキー(階層性)
学校教育、軍隊教育によって規律を植え付ける
規則、法に従う

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ビデオ支配の社会学入門第6回その1

官僚制支配について(復習)
合法的支配
現代の文民官僚制
戦前の軍人官僚制
実質的支配者の軍部と名目的支配者の天皇

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官僚支配の影響

社会的には、官僚制的支配は、一般に次のことを意味している。
1 水準化の傾向。これは、最もよく専門的資格を備えたひとびとの中から、広く要員を採用しよ
うとするためである。
2 金権制化の傾向。これは、できるだけ長い間(しばしば二十歳代の終わりまで)専門的訓練を
続けさせようとするためである。
3 形式主義的な非人格性の支配。すなわち理想的な官吏は、怒りも興奮もなく、憎しみも情熱も
なく、したがって「愛」も「熱狂」もなく、全ての義務概念の圧力の下で、「人物のいかんを問うこと
なく」、何びとに対しても──すなわち同じ事実的状態にあるいかなる人に対しても──形式上平等に、
その職務をつかさどるのである。
ところで、官僚制化は、(通常の・歴史上も通常的であることが証明されうる傾向によれば)、身分
的水準化を作り出すものであるが、逆に、社会的水準化の方も、すべて、──行政手段や行政権力を
専有することによって身分制的な支配をおこなっている者を排除し、また、財産をもっていることに
よって「名誉職的」または「副業的」に行政をおこないうるような官職保有者を、「平等」の利益のた
めに排除することによって──、官僚制化を促進していく。官僚制化は、どこにおいても、大衆民主
制の進展に不可避的に伴う影なのである──この点については、別の関連で詳論する。

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官僚制

合法的支配の最も純粋な類型は、官僚制的行政幹部による支配である。団体の指導者だけが、──
あるいは専有によって、あるいは選挙によって、あるいは後継者指定によって──彼のヘルとしての
地位を保有している。とはいえ、彼のヘルとしての権能も、合法的な「権限」なのである。行政幹部
の全体は、最も純粋な類型においては、単独制官吏(「合議制」に対する単一支配制、合議制について
はのちに論ずる)から成っている。これらの単独制官吏は、
1 人格的には自由であり、ただザッハリッヒな官職義務に服従するのみであり、
2 明確な官職階層制の中にあり、
3 明確な官職権限をもち、
4 契約によって、したがって(原理的には)自由な選抜によって、
5 専門資格──最も純粋なケースにあっては、試験によって確かめられ・免状によって認証され
た専門資格──にもとづいて、任命され(選挙されるのではない)、
6 貨幣形態での定額の俸給を報酬として受け、多くの場合には年金請求権を与えられている。ヘ
ルの側からも事情によっては(とりわけ私的経営においては)確かに解約告知が可能であることも
あるが、官吏の側からは常に解約告知が可能である。この俸給には、第一次的には階層制の上での
位階に応じて、さらに、その地位の責任の軽重に応じて、その他「身分相応」の原則にしたがって
等級がつけられる。
7 彼らは、自己の官職を、唯一のまたは主たる職業として扱い、
8 昇任、すなわち在職年数または功績、あるいはこの両者にもとづく「昇進」──ただしこれは
上司の判断にかかっている──を前途に期待し、
9 完全に「行政手段から分離」されて、また官職地位の専有なしに働き、
10 厳格で統一的な官職規律や統制に服している。
この秩序は、原理的には、営利経済的な経営や慈善事業の経営においても、その他任意の・私的
な──観念的または物質的な──目的を追求している諸経営においても、また、政治的団体や教権
制的団体においても、ひとしく適用可能であり、また歴史の上でも(純粋型に多少とも強く近似し
た形で)証明しうるものである。

純粋に官僚制的な行政、すなわち官僚制的=単一支配制的な・文書による行政は、あらゆる経験に
徴して、精確性・恒常性・規律・厳格性・信頼性の点で、したがって──ヘルにとっても利害関係者
にとっても──計算可能性を備えている点で、また仕事の集約性と外延性の点で、さらにあらゆる任
務に対して形式的には普遍的に適用できるという点で、純技術的に最高度の仕事を果たしうるまでに
完成することが可能であり、これらすべての意味において、それは、支配の行政の形式的には最も合
理的な形態である。あらゆる領域における「近代的な」団体形式の発展(国家、教会、軍隊、政党、
経済的経営、利害関係者団体、社団、財団、その他何であれ)は、官僚制的行政の発展およびその不
断の成長と、端的に同一のことなのである。例えば、官僚制的行政の成立が、近代的な西洋国家の萌
芽をなしているのである。われわれは、例えば合議制的な利害関係者代表であれ、議会の委員会であ
れ、「労兵委員会独裁」であれ、あるいは名誉職官吏であれ、素人裁判官であれ、あるいはその他何で
あっても、これらのあらゆるみせかけの対抗機関にまどわされて、(いわんや「真正なる官僚主義」に
対する非難によって)、およそあらゆる継続的な仕事は官吏によって役所でおこなわれているのだとい
う事実を、片時も思い誤ってはならない。われわれの全日常生活は、この枠の中にはめ込まれている
のである。けだし、官僚制的行政がどこにおいても──他の事情にして同じならば!──形式的=技
術的に最も合理的なものであるとするとき、それは、(人的または物的な)大量行政の必要をみたすた
めには、今日ではまったく避けえないものであるからである。われわれは、行政の「官僚制化」かそ
の「ディレッタント化」か、そのいずれかを選びうるのみなのである。官僚制的行政が優位性を獲得
した偉大な手段は専門知識である。専門知識が全く不可欠のものであるということは、財貨調達につ
いての近代的な技術と効率的運営との結果であり、この事態は、財貨の調達が資本主義的に組織され
ていようと、あるいは社会主義的に組織されていようと──社会主義的な組織は、同一の技術的成果
を達成しようとするかぎり、専門官僚制の意義を途方もなく高めるということを意味するだけであろ
う──、全く異なるところはない。被支配者は、通常、自分自身の──これまた官僚制化の運命に曝
された──対立組織を作り出すことによってのみ、既存の官僚制的支配に対抗しうるわけであるが、
これと同様に、官僚制的装置自体も、自分自身の物質的および純粋にザッハリッヒな──したがって
理念的な──抗しがたい利害関係によって、みずから機能しつづけることを余儀なくされている。要
するに、官僚制的装置が欠如するときは、官吏・職員・労働者が行政手段から分離され、しかも規律
と訓練とが不可欠であるような社会においては、生計手段をまだもっていないようなひとびと(農民)
を除いて、他のすべてのひとびとにとって、近代的な生存可能性が停止してしまうということになろう。....

マックス・ヴェーバー『支配の諸類型』

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合法的支配

合法的支配は、次のような相互に関連し合う諸観念の妥当にもとづいている。
1 任意の法が、協定または指令によって、合理的な──目的合理的または価値合理的な(あるい
はその双方の)──志向をもって、また次のような要素を掲げて、制定されうるという観念。すなわ
ち、少なくとも当該団体の成員によってそれが遵守され、また通常は、さらに、その団体の勢力圏(領
域団体の場合にはその領域)内で、その団体秩序によってそれが重要であると宣言された一定の社会
関係に入り・またそこで社会的に行為するひとびとにとっても、遵守されるべきであるという要求で
ある。──
2 すべての法は、その本質上、抽象的な・通常は意図的に制定された諸規則の体系であり、司法
は、これらの諸規則の個々のケースへの適用であり、行政は、団体秩序によって予定された利益を、
法規則の限界内で、また、一般的な形で示されうるような諸原理──団体秩序において是認されてお
り、あるいは少なくとも非認されていないような諸原理──にしたがって、育成することであるとい
う観念。──
3 したがって、合理的に典型的な合法的ヘル、すなわち「上司」は、彼が指令を発する──した
がって命令する──場合、彼自身もまた非人格的な秩序に服従しており、彼はその指令をこの非人格
的な秩序に準拠させているのだという観念。──
このことは、「官吏」ではないような合法的ヘル、例えば選挙制の大統領についてもあてはまる。
4 服従者は、──よく使われる言い方にしたがえば──仲間としてのみ、また「法」に対しての
み服従するのだという観念。
社団の仲間、ゲマインデの仲間、教会成員として、国家にあっては市民として。
5 3の点に照応して、団体仲間は、彼らがヘルに服従することによって、ヘルの人に服従してい
るのではなく、右の非人格的な秩序に服従しているのであり、したがって、この非人格的秩序によっ
3
てヘルに与えられた・合理的に限界づけられた・ザッハリッヒな管轄権の範囲内においてのみ、服従
の義務を負うのだ、という観念がおこなわれている。
したがって、合理的支配の基礎的な諸範疇は次のようなものになる。
1 官職事務の継続的な・規則に拘束された経営、この経営は、
2 権限(管轄権)の範囲内でおこなわれる。権限は、
(a)作業の分配によってザッハリッヒに限界づけられた作業業務の範囲を意味し、
(b)そのためにあるいは必要であろう命令権力の付与を伴い、また
(c)必要に応じて許される強制手段と、この強制手段の適用の諸前提とについての明確な規定を
伴う。このように秩序づけられた経営を、「官庁」と呼ぼう。
この意味での「官庁は」、「国家」や「教会」におけると全く同様に、いうまでもなく、大規模な私的経営や
政党や軍隊にもある。選挙制の大統領(あるいは大臣たちや選挙制の「人民委員」たちの合議体)も、この
用語法の意味における「官庁」である。しかし、これらのカテゴリーは、ここではまだわれわれの問題では
ない。どの官庁も同じ意味において「命令権力」をもっているというわけではないが、この区別はここでは
われわれの関心をひかない。
これに加えて、
3 さらに、官職階層制の原理が加わる。官職階層制の原理とは、各官庁について明確な統制=監
督官庁を定め、下級官庁の決定について上級官庁への上訴や訴願の権利をこれに伴わせることであ
る。この場合、訴願受理機関が、変更されるべき指令をみずから「正しい」指令によって置きかえ
るか、それとも、この仕事を、訴願が向けられた下級の官職に委ねるか、またどのような場合にど
のような方法がとられるかという問題については、規律の仕方はさまざまである。
4 手段の準拠となる「規則」は、
(a)技術的規則であることもあり、
(b)規範であることもある。
そのいずれも場合にも、これらの規則を適用するためには、完全な合理性を達成しようとするか
ぎり、専門的訓練が必要である。したがって、通常は、効果的な訓練を受けたことを証明しうる者
だけが、一つの団体の行政幹部に参加する資格を認められ、また、このような者だけが官吏として
任用されうるのである。「官吏」は、合理的な諸団体──それが政治的・教権制的・経済的(とりわ
け資本主義的)あるいはその他の団体であるとを問わない──の典型的な行政幹部を形成するもの
である。
5 (合理的なケースにおいては)、行政手段や調達手段から行政幹部が完全に分離される、という
原則がおこなわれる。行政幹部に属する官吏・職員・労働者は、物的な行政手段・調達手段を自分
で所有してはおらず、これを現物または貨幣の形で支給されて受けとり、また計算報告義務を課せ
られている。官職(または経営)財産(ないしは資本)と私的財産(家計)との、また官職経営の
場所(役所)と住居との、完全な分離の原則が存在しているわけである。
6 完全に合理的なケースにおいては、保有者による官職地位の専有ということは全く存在しな
4
い。「官職」に対する「保持権」が設定されている場合(これは例えば裁判官にみられるし、最近で
は官吏層や、また労働者層についてすら、そのますます多くの部分にみられるようになっている)、
これは、通常は、官吏による専有という目的に奉仕するものではなく、彼の官職において、純粋に
ザッハリッヒな(「独立的な」)・規範にのみ拘束された仕事を保証するという目的に奉仕するもので
ある。
7 行政の文書主義の原則が、──口頭による討論が事実上常則になっており、あるいは端的に命
ぜられているような場合においても──おこなわれている。少なくとも、予備的な討論や最終的な
決定、あらゆる種類の処分や指令は、文書の形で固定される。文書と官吏による継続的な経営とは、
あい合して役所を形成するが、この役所こそあらゆる近代的な団体行為の核心そのものをなしてい
る。
8 合法的支配はきわめて種々さまざまな形態をとりうるが、これらの形態についてはのちに別個
に論ぜられるはずである。以下においては、まず第一に、とくに意図的に、行政幹部の最も純粋に
支配的な構造、すなわち「官吏制度」・「官僚制」の構造代家が、理念型的に分析される。

マックス・ヴェーバー『支配の諸類型』

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支配の3類型

正当的支配には、三つの純粋型がある。換言すれば、支配の正当性の妥当は、原理的に次のような
ものでありうる。すなわち、
1 合理的な性格のものであることがある。すなわち、制定された諸秩序の合法性と、これらの秩
序によって支配の行使の任務を与えられた者の命令権の合法性とに対する、信仰にもとづいたもので
ありうる(合法的支配)。──あるいは、
2 伝統的な性格のものであることがある。すなわち、昔から妥当してきた伝統の神聖性と、これ
らの伝統によって権威を与えられた者の正当性とに対する、日常的信仰にもとづいたものでありうる
2
(伝統的支配)。──あるいは最後に、
3 カリスマ的な性格のものであることがある。すなわち、ある人と彼によって啓示されあるいは
作られた諸秩序との神聖性・または英雄的力・または模範性、に対する非日常的な帰依にもとづいた
ものでありうる(カリスマ的支配)。
制定規則による支配の場合には、合法的に制定させた没主観的・非人格的な秩序と、この秩序によ
って定められた上司とに対して、上司の指令の形式的合法性の故に、またこの指令の範囲内において、
服従がなされる。伝統的な支配の場合には、伝統によってその任につけられ・伝統に(伝統の範囲内
で)拘束されているヘルの人に対して、ピエテートによって、習慣化したものの範囲内で、服従がな
される。カリスマ的支配の場合には、カリスマ的な資質をもった指導者その人に対して、啓示や英雄
性や模範性への人的な信仰によって、彼のこのカリスマへの信仰が妥当している範囲内において、服
従がなされる。

マックス・ヴェーバー『支配の諸類型』

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支配と正当性

「支配」とは、その定義からして、特定の(またはすべての)命令に対して、挙示しうる一群のひ
とびとのもとで、服従を見出しうるチャンスをいう。したがって、他人に対して「権力」や「影響力」
をおよぼしうるあらゆる種類のチャンスが、すべて「支配」であるというわけではない。この意味で
の支配(「権威」)は、ここの場合についてみれば、従順性の種々さまざまの動機──漠然とした慣れ
から始まって、純粋に目的合理的な考量にいたるまでの──にもとづいたものでありうる。一定最小
限の服従意欲、すなわち服従することに対する(外的なまたは内的な)利害関心があるということが、
あらゆる真正な支配関係の要件である。
......
あらゆる経験に徴して、いかなる支配も、その存立のチャンスとして、単に物質的な、または単に
情緒的な、あるいは単に価値合理的な動機だけで、甘んじて満足しようとするものではない。むしろ、
すべての支配は、その「正当性」に対する信仰を喚起し、それを育成しようと務めている。ところで、
いかなる種類の正当性が要求されるかに応じて、服従の類型も、この服従を保証することを任務とし
ている行政幹部の類型も、支配の行使の性格も、根本的に異なったものになってくる。そして、それ
とともに、支配のおよぼす影響も、根本的にちがってくる。したがって、支配の種類を、それぞれの
支配に典型的な正当性の要求を標準として区別することが、合目的的である。この場合、近代的な・
したがってわれわれのよく知っている諸関係から出発することが、合目的的であろう。

マックス・ヴェーバー『支配の諸類型』

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権力と支配

「権力」とは、或る社会的関係の内部で抵抗を排してまで自己の意志を貫徹するすべての可能性を
意味し、この可能性が何に基づくかは問うところではない。
「支配」とは、或る内容の命令を下した場合、特定の人々の服従が得られる可能性を指す。「規律」
とは、或る命令を下した場合、習慣的態度によって、特定の多数者の敏捷な自動的機械的な服従が得
られる可能性を指す。

『社会学の根本概念』

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