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支配と正当性

「支配」とは、その定義からして、特定の(またはすべての)命令に対して、挙示しうる一群のひ
とびとのもとで、服従を見出しうるチャンスをいう。したがって、他人に対して「権力」や「影響力」
をおよぼしうるあらゆる種類のチャンスが、すべて「支配」であるというわけではない。この意味で
の支配(「権威」)は、ここの場合についてみれば、従順性の種々さまざまの動機──漠然とした慣れ
から始まって、純粋に目的合理的な考量にいたるまでの──にもとづいたものでありうる。一定最小
限の服従意欲、すなわち服従することに対する(外的なまたは内的な)利害関心があるということが、
あらゆる真正な支配関係の要件である。
......
あらゆる経験に徴して、いかなる支配も、その存立のチャンスとして、単に物質的な、または単に
情緒的な、あるいは単に価値合理的な動機だけで、甘んじて満足しようとするものではない。むしろ、
すべての支配は、その「正当性」に対する信仰を喚起し、それを育成しようと務めている。ところで、
いかなる種類の正当性が要求されるかに応じて、服従の類型も、この服従を保証することを任務とし
ている行政幹部の類型も、支配の行使の性格も、根本的に異なったものになってくる。そして、それ
とともに、支配のおよぼす影響も、根本的にちがってくる。したがって、支配の種類を、それぞれの
支配に典型的な正当性の要求を標準として区別することが、合目的的である。この場合、近代的な・
したがってわれわれのよく知っている諸関係から出発することが、合目的的であろう。

マックス・ヴェーバー『支配の諸類型』

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