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官僚制

合法的支配の最も純粋な類型は、官僚制的行政幹部による支配である。団体の指導者だけが、──
あるいは専有によって、あるいは選挙によって、あるいは後継者指定によって──彼のヘルとしての
地位を保有している。とはいえ、彼のヘルとしての権能も、合法的な「権限」なのである。行政幹部
の全体は、最も純粋な類型においては、単独制官吏(「合議制」に対する単一支配制、合議制について
はのちに論ずる)から成っている。これらの単独制官吏は、
1 人格的には自由であり、ただザッハリッヒな官職義務に服従するのみであり、
2 明確な官職階層制の中にあり、
3 明確な官職権限をもち、
4 契約によって、したがって(原理的には)自由な選抜によって、
5 専門資格──最も純粋なケースにあっては、試験によって確かめられ・免状によって認証され
た専門資格──にもとづいて、任命され(選挙されるのではない)、
6 貨幣形態での定額の俸給を報酬として受け、多くの場合には年金請求権を与えられている。ヘ
ルの側からも事情によっては(とりわけ私的経営においては)確かに解約告知が可能であることも
あるが、官吏の側からは常に解約告知が可能である。この俸給には、第一次的には階層制の上での
位階に応じて、さらに、その地位の責任の軽重に応じて、その他「身分相応」の原則にしたがって
等級がつけられる。
7 彼らは、自己の官職を、唯一のまたは主たる職業として扱い、
8 昇任、すなわち在職年数または功績、あるいはこの両者にもとづく「昇進」──ただしこれは
上司の判断にかかっている──を前途に期待し、
9 完全に「行政手段から分離」されて、また官職地位の専有なしに働き、
10 厳格で統一的な官職規律や統制に服している。
この秩序は、原理的には、営利経済的な経営や慈善事業の経営においても、その他任意の・私的
な──観念的または物質的な──目的を追求している諸経営においても、また、政治的団体や教権
制的団体においても、ひとしく適用可能であり、また歴史の上でも(純粋型に多少とも強く近似し
た形で)証明しうるものである。

純粋に官僚制的な行政、すなわち官僚制的=単一支配制的な・文書による行政は、あらゆる経験に
徴して、精確性・恒常性・規律・厳格性・信頼性の点で、したがって──ヘルにとっても利害関係者
にとっても──計算可能性を備えている点で、また仕事の集約性と外延性の点で、さらにあらゆる任
務に対して形式的には普遍的に適用できるという点で、純技術的に最高度の仕事を果たしうるまでに
完成することが可能であり、これらすべての意味において、それは、支配の行政の形式的には最も合
理的な形態である。あらゆる領域における「近代的な」団体形式の発展(国家、教会、軍隊、政党、
経済的経営、利害関係者団体、社団、財団、その他何であれ)は、官僚制的行政の発展およびその不
断の成長と、端的に同一のことなのである。例えば、官僚制的行政の成立が、近代的な西洋国家の萌
芽をなしているのである。われわれは、例えば合議制的な利害関係者代表であれ、議会の委員会であ
れ、「労兵委員会独裁」であれ、あるいは名誉職官吏であれ、素人裁判官であれ、あるいはその他何で
あっても、これらのあらゆるみせかけの対抗機関にまどわされて、(いわんや「真正なる官僚主義」に
対する非難によって)、およそあらゆる継続的な仕事は官吏によって役所でおこなわれているのだとい
う事実を、片時も思い誤ってはならない。われわれの全日常生活は、この枠の中にはめ込まれている
のである。けだし、官僚制的行政がどこにおいても──他の事情にして同じならば!──形式的=技
術的に最も合理的なものであるとするとき、それは、(人的または物的な)大量行政の必要をみたすた
めには、今日ではまったく避けえないものであるからである。われわれは、行政の「官僚制化」かそ
の「ディレッタント化」か、そのいずれかを選びうるのみなのである。官僚制的行政が優位性を獲得
した偉大な手段は専門知識である。専門知識が全く不可欠のものであるということは、財貨調達につ
いての近代的な技術と効率的運営との結果であり、この事態は、財貨の調達が資本主義的に組織され
ていようと、あるいは社会主義的に組織されていようと──社会主義的な組織は、同一の技術的成果
を達成しようとするかぎり、専門官僚制の意義を途方もなく高めるということを意味するだけであろ
う──、全く異なるところはない。被支配者は、通常、自分自身の──これまた官僚制化の運命に曝
された──対立組織を作り出すことによってのみ、既存の官僚制的支配に対抗しうるわけであるが、
これと同様に、官僚制的装置自体も、自分自身の物質的および純粋にザッハリッヒな──したがって
理念的な──抗しがたい利害関係によって、みずから機能しつづけることを余儀なくされている。要
するに、官僚制的装置が欠如するときは、官吏・職員・労働者が行政手段から分離され、しかも規律
と訓練とが不可欠であるような社会においては、生計手段をまだもっていないようなひとびと(農民)
を除いて、他のすべてのひとびとにとって、近代的な生存可能性が停止してしまうということになろう。....

マックス・ヴェーバー『支配の諸類型』

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